現代医学は大変優秀です。病気の原因が明確に分かれば各種の病気治療法や薬で治ります。
従って病気はまず医者にかかることです。しかし、現代医学の各種の病気治療法や薬で治らない病気があります。
難病/生活習慣病/心の病/不妊/不眠/
などは各種病気治療法や薬で治しにくい病気です。
また、薬を長期間使うことも多いので副作用も心配です。最善の方法は各種病気治療法や薬で症状を抑えながら、健康管理法で自然治癒力を旺盛にしていくことです。
こんな当たり前の原則を、現代人は気づけなくなっています。しかし心も体も多忙な現代では、当たり前なことに気付くことができないのも無理からぬことかもしれませんね。
この原則を守れば、きっとより良い人生が開けることでしょう。
良い縁に出会えるって、人生を変えますよね。仙縁(導引=最高級の健康法)に出会えて難病、
原因不明の苦しみでも、回復している人がいます。本当にわずかなチャンスをつかんだ人達です。
私は、導引を始めて5カ月になります。私の場合、
腹部に突然切るような痛みが走り、何カ月も苦しんでいました。
何軒も医者を回ってみてもらいましたが、原因不明ということで治療の方法も分からず、どうしたらよいのか悩んでいました。そんな時に友達の紹介で当学苑を訪れました。
入会日に指導していただいた
呼吸法の導引を実行したところ、
あれほど苦しかった腹部の痛みがだんだん消えていく感じがして、ひょっとしたら直るかもしれないなあと思い、この導引というものにかけてみようと思いました。
以下に私の経過を簡単に記してみます。なにかの参考になれば幸いです。
・1カ月目 1カ月目の実感は、
病気は自分の努力で治すんだな、頼ってはいけないと思いました。導引を一生懸命やるしかない毎日でした。
・2カ月目 だんだん最悪の痛みが来なくなり、自分を行動で試すように生活の姿勢が変わってきました。
・4カ月目 導引をやっているときに、
だんだん技を味わう気持ちがわいてきました。
ときどきフワーと気持ちよくなることがあります。夏の特訓では丹田に元気をつける技でしたが、
おなかの調子が良くなってきたので思いっきりやってみました。なかなか自分のものにはできませんでしたけれどその行為ができたことが私にとっても意義のあることでした。
・5カ月目 やっと
お腹の痛みから解放されたという感じがしてきて、それを体と心が認めたのか、
すべてゆるんだ状態が2週間ほど続きました。
導引をする気も起きなくって、しばらくその状態に任せて過ごしましたが、最近またやる気が戻ってきました。
体調には波があるのだなあと感じました。
これからは本当に楽しみで導引を続けていきたいと思います。
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彼女はその後、総合コースを実行され、彼女の義母も導引を習いに通われました。家族で導引をすれば、気の流れがよくなるから家庭も円満になってきます。
2. リューマチが良くなった
30歳代 女性 公務員
導引を始めて4年半がたちました。始めた理由はリューマチをよくし、健康になりたかったからです。
4年半の間にいろいろと変化しました。
あまり変わりすぎてしまって自分でもびっくりしています。
変わった点を簡単に羅列してみると
※15年間服用していた薬、注射がいらなくなった(導引開始後3年で)
※歩行するのにすこぶる苦痛を伴っていたが、昨年、今年と海外旅行ができるようになった。
※会社を休職していたが、職場復帰しています。
※肥満が解消され、スタイルが良くなった。
※肌がきれいになった。
※表情が豊かになった。
※異性だけでなく同性にも好かれ、人間関係のトラブルが少なくなった。
等々いいことずくめて申し訳ないみたいなんですが真実なのです。
導引をする前の悲惨さもさることながら、学苑で指導していただくことの効果の素晴らしさに感謝感激あめあられです。
現在、病気の真っ只中にあり苦しんでおられる方!
今のその状態を味わってください。重苦しさ、悲しさ、つらさ、やるせなさ、暗さ…などなど。
どうにもこうにもならなく、カンシャクを起こしている
自分をしっかり見つめて下さい。
今は大変だと思います。しかし
そこをくぐり抜けて見るときっと"愛"が見えてきます。
導引はくぐり抜ける底力の最良のパートナーのように私は、思うのですが…
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歩行・バスに乗る・階段を登る、など色々な場面で苦痛を伴っていた彼女が、中国の万里の長城に旅行できるまでに回復しました。
本当に苦しみを味わった方の体験談は、悩める方に希望の光になるものと確信しています。
3. 原因不明の症状で毎日が憂鬱でした
40歳代 女性 主婦
昨年の春ごろから体調を崩して、多いときは
1日4回、医者に走り回ったこともありました。診察券は、なんと5カ月間で10枚になってしまいました。結局、病名ははっきりせず(老化?)
毎日が憂うつな日々でした。そんなとき、導引を紹介していただき、9月から教室に通っております。
導引を初めてその翌朝、頭が重く、動かせない状態になったのにはびっくりしました。2週間ぐらいしてからもう1度そんなことがありました。2カ月ぐらいはさほど変化はなかったのですが、
暮れぐらいから
鼻が少し高くなり、エネマ(鼻あらい器)のおかげと感謝しております。
風邪をひいてもあまり酷くならなくなりました。母は、眼鏡がずり落ちなくなったと喜んでいます。
腰のない、細い髪も少しボリュームが出てきました。まだまだいろいろあります。少しずつ
体質が変わってきています。
今年に入ってからは、
医者に行くことも少なくなり、医者に対しての不安感がなくなり、これも導引のおかげと、導引に出会えたことに感謝しております。
1番嬉しかったのは、
赤ら顔が夏ごろから赤みが消えてきたことです。
この調子で飛蚊症、血尿の治るのを期待しています。
5. 原因不明の症状が旅行ができるまでに回復!
30歳代 女性 主婦
夏休みに入り、さっそく琵琶湖へバカンスに行ました。お天気にも恵まれ、楽しい旅行ができて感謝の気持ちでいっぱいです!
実は私、3年前、すっかり体調を崩し、自分の体でありながら、自分でないような宙に浮いた日々を送っていました。
元気になろうとあせれば焦るほど、悪循環で、何をやっても成果はいまひとつ。そんなときに出会ったのが"導引"でした。
高1のバースデープレゼントに「出会いを大切にしたい」というメッセージをもらったことがありましたが、今でもこのメッセージは、私の心の中にずっと残っています。
一生の中で"出会い"はごくわずか。人であれ、ものであれ万物すべてにおいて"出会い"は大切なもの。
"出会い"がなければ、何も始まらないのですから。
"一生に1度の出会い"、大切にしていきたいですね!!
話は旅行に戻りまして・・・
主人と子供は、せっせと泳ぎに出かけましたが、日焼け(シミ、ソバカス)のこわ〜い私は、のんびりとビーチの木陰で寝そべっていました。緑の木々と、琵琶湖は新鮮で時折吹くさわやかな涼風は、
とてもすがすがしく感じられました。時々目を開けて上を見ると、松の間から真青な空が見えて、"何て、気持ちがいいんだろう"と、今までとはまた違った感覚で、自然の素晴らしさを実感していました。
旅行に行けるようになったことも嬉しかったのですが、
なんでも当たり前だと思っていたことに、素直に感動できるようになったことが、何よりもうれしかったのです。"導引"のおかげかな?なんて・・・
"導引"と出会ってから、少しずつ変わっていく自分を不思議に思う今日このごろです。
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彼女は当初、首を少し動かすだけで気分が悪くなったり、めまいを起こす状態でしたので日常生活が非常に不自由でした。
原因不明で大変困っていたのですが、旅行に行けるほどまでに回復しました。
7. 同病(頸肩腕症候群)の知人が職場復帰まで回復した。私も頑張りたい。
30歳代 女性 公務員
雨音、雨だれ、雨に濡れるアジサイ、なんとなくメルヘンチックにさせるそんな雨の降る日が大好きでした。子供たちと、雨の中ではしゃぎ回っていた2年前がとても懐かしく思われます。
職業病(頸肩腕症候群)にかかってはや2年。雨の日は
痛みも強く、心は憂うつになり大嫌い。
"いつになったら治るのかナ、今日も1日痛みと一緒に生活しなければ"と
精神的、肉体的にもまいっていた8カ月前。
知人の方が導引によって病気を克服し、職場復帰までされたという朗報を聞き私も入会。
入会当初は退院直後で体力が衰え、状態が最も悪く、
箸を持つのさえ苦痛な中でBコースを始めましたが、やはり来ても
じっと座っているのさえ苦痛で手もみ、足もみさえ満足にできませんでしたが、1本手もみしては、しばらく休むという繰り返しの中で、
3カ月、4カ月と過ぎるうちに
痛みは増減を繰り返しつつも、できる行法が増え時間的にも続くようになり、それが喜びになり
1日が導引で始まり導引で終わる毎日が始まりました。
今年に入り、不安はありましたが
"夜の導引"をはじめ、その結果、夜中に目が覚める日が減り、
最近は
"陳希夷(ちんきい)"にも挑戦。
第一目標の家事を何とか休みながらもできるようになり、現在は最終目標の職場復帰を目指して頑張っています。
導引との出会いにより痛みが和らぎ、また再び、雨の中で子供たちとはしゃぎまわる日がやってくる日が早くやってきますように!
私は4歳でぜんそくをはじめ、10歳になってようやく治まったと思うや否や、
今度はアレルギー性鼻炎にかかり、最近まで大変悩まされた。
アレルギー性鼻炎といってもいろいろあり、
私の場合は重かった。
その症状は、ホコリの多い部屋や寒い部屋に移るとすぐにくしゃみが出て、つらいときにはくしゃみが止まらず、耳を痛めて中耳炎を起こすこともしばしばあった。
また、これだけならいいが、
くしゃみが出ないときはほとんど鼻がつまった。
鼻がつまっていると、勉強にしても何にしても集中できなくなり、鼻をいじってみたり顔をしかめてみたり、また他人に変な目で見られたりして
大変不愉快だった。
さらに
悪化して夜中にもつまり始めて、口で呼吸しなければならないので口が渇いて仕方がなく、目を覚ましては水を補給するという日々が続いた。
こんな私はあらゆる病院に行った。最初に行った病院で検査を受けた結果、
アレルギー性鼻炎の原因はハウスダストといわれた。
そこで
医師の指示に従って注射によって体質改善に挑んだが、半年たっても効果がなく、腕が腫れてしまったのでやめた。
そこから数年間近くの町医者を転々として、いろんな薬を飲み続けた。そんなとき
新聞で「ブロック療法で鼻アレルギーが治った」と書いてあったので、
この療法を専門にやっている東京の病院へ行った。このブロック療法というのは、首に麻酔注射をして血液の循環をよくすることによって鼻もよくなるということだったが、
30回やっても私には効果がなかった。その後また新聞で、「
酢酸トリエール手術で、
アレルギー性鼻炎に18年間を悩まされた女子高生が治った」という記事を読んで、今度は神奈川まで行ったが、
「喘息の経験のある人に、私の研究をつぶされては困るので診察できない」と言われた。大変悔しかったが、仕方なくあきらめた。
新聞で名医といわれたところはすべて行き尽くしたのに、治してもらえなかった私は本当に悩んだ。
そんなときチラシを見て、ダメでもともとの気持ちで導引の講演会に行った。講演会では、兼田先生が
「絶対改善される」と断言してくれたので
親に相談してみたが、指導料のことで認めてくれなかった。しかし、やってみなければ分からないし、
先生も
治らなければ全額返してくれると言ってくれたので入会した。入会して2度目のとき先生に自分の症状を詳しく話した。
先生に「ドクダミを煎じて鼻を洗いなさい」と言われ毎日実行した。3週間くらいたって、左の鼻でほんのわずかな時間だけれど空気を吸うことができた。
そして
2カ月たった今、まだ詰まっているときも多いけど、
詰まっているときよりも通っているときの方が多い日も出てきた。
他人にとっては
当たり前のことなのに、鼻で呼吸ができることが私にとっては感動だった。
東京、神奈川、名古屋で
最新の療法でダメだった私がドクダミで良くなるなんて、今では通院に必死だった昔の自分が笑えてくることがある。
9. 長年の責任感の強さに疲れはててしまった私
60歳代 女性
9月からお世話になっています。
導引とはどういうものか何も知りませんでしたが、
初めて教えていただいた行法は、何か求めている
瞑想の境地と同じように感じられ、引かれる思いでした。
常時体調を崩し、首筋・肩・背中がこわばり、特に肩甲骨のあたりが痛み、その他全身がけん怠感で疲れが激しく、苦しい状態でございました。
自分の精神的な苦しみが体の不調を招いていることは分かっていますが、心の奥の押さえて隠していた苦しみは容易に無にすることは難しく、
導引は心を落ち着けて、優しく柔らかく静かにふわーっと息を吐きながら力を抜いて体感しています時、
心の奥底の(不安・混乱・葛藤・執着などなど)
あらゆる邪気が完全に無くなり、苦労しなくても空になりきれて、
身も心も浄化されるのを自分の身体で感じられるのでございます。
そのころ、私の体の不調を見て日ごろ尊敬している先生が整骨院を進めてくださり、そこへ通って背骨を矯正していただきながら導引を行ずることにより、少しずつ立ち直ってまいりました。
兼田先生との一問一答です。
私 「先生、責任放棄していいですか。」
先生 「男か女か。」
私 「私、女です。」
先生 「女は責任とらんでよい。無責任で良いよ。」
うれしゅうございました。力抜いたら責任を取らないことばかりです。
力抜くことを教わりました。
ハイ!
肩こりが取れました。背中も首も軽くなりました。またすぐクセだし背負いはないこと。私、無責任大好きになりました。
責任大好きの良い子の振りするをやめました。他人に悪く言われても気にしない、振り回されない私に変われるように思います。
心と体と魂を浄化し、体調を整える道が分かりました。無理なしの喜びの生活をしてまいりたいと念願する次第です。
仙縁に感謝を申し上げる次第です。ありがとうございます。
コメント
「女は責任とらんでよい。」とは少し極端な表現ですが、彼女はとてもまじめで責任感が強すぎる方だったのであえてそういう言い方をしました。
今では力が入り過ぎていた考え方が抜け、日々を楽しめるようになったそうです。
10. 苦しい不眠を一掃してくれた
40歳代 女性 OL
暗い、長いトンネルを独りとぼとぼ歩いている。医者は「でもトンネルだから出口がありますから心配いりませんよ」とか、
「眠れないで他の病気にかかった人などいませんから・・・」とか、楽観的に言いながら睡眠薬と睡眠誘導剤を渡してくれる。
神経科と内科を合わせて4つの病院の門をたたいた。本人にしてみればそんなのんきな言葉に耳を貸すほどの余裕はあろうはずもない。
毎夜毎夜一睡もできない苦しさが12月、1月、2月と繰り返し繰り返し続き、追い詰められていったのです。
床につく1時間ぐらい前に睡眠誘導剤を飲み「なんとか神様仏様、今日ぐらいは少しでも眠らせてください」と、お願いして床に就くのも、
やがてビーンビーンと薬をはね返す何かわけのわからない妙な力が働き、結局
又起き出して睡眠剤を服用。結局効果なく七転八倒しながら朝を迎えます。
白内障が少しあるため、時々眼科へ通院していました。
「眼圧が非常に上っているので1日8時間以上の睡眠と体を安静にしていないと取り返しのつかないことになりますよ」と、
この
不眠の真っ最中で言い渡された眼科医の言葉は、私に増々の拍車をかけ症状を重くさせていったのです。
道引学苑が私のすぐ身近なところにあったというこの素晴らしい偶然。TAOの6月号に飯沼さんが藁にもすがる思いと入ったことが載っていましたが、
私が最初に使わせていただいた言葉もやはり「失礼な言い方でごめんなさい。藁になってください」でした。
これだけの文明社会で、しかもこんな変な技が、髪を振りに乱さんばかりにうろたえ、年老いた母に「私をギューッと赤子のように抱きしめて」と
泣き叫びそうになるほどすがりつくしたかったあの苦しさを、一掃してくれるほどの力があろうとは・・・。
先生、本当にありがとうございました。